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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)568号 判決

上告人

斉藤産業株式会社

右代表者

斉藤喜左エ門

上告人

斉藤喜左エ門

上告人

斉藤文孝

右三名代理人

鈴木敏夫

堤会計事務所こと

被上告人

堤輝雄

代理人

三宅省三

鈴木堯

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

上告代理人鈴木敏夫の上告理由について。

手形の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思で約束手形に振出人としての署名または記名押印をした者は、たまたま右手形が盗難・紛失等のため、その者の意思によらずに流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人としての手形債務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原判決の確定するところによれば、上告会社の訴外田中のぶよしに対する買掛代金支払のため、上告人ら(そのうち上告人斉藤喜左エ門は、上告会社の代表取締役、上告人斉藤文孝は、その取締役である。)において、本件約束手形用紙に、受取人のみを白地としたうえ、共同振出人としてそれぞれ署名または記名押印し、右田中に交付するため上告会社の使用人に保管させているうちに盗取され、その後転々して被上告人がこれを取得するに至つたが、右手形は、その受取人欄が補充されていて、裏書の連続があるといい、そして、上告人らにおいて、被上告人がこれを悪意または重大な過失により取得したことについて主張・立証しない、というのである。以上の事実によれば、上告人らは、合同して被上告人に対し本件手形金支払の義務があるというべきである。論旨は、右と異なる見解のもとに原判決を非難するものであり、原判決には所論の違法はないから、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官松本正雄の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松本正雄の意見は、次のとおりである。

わたくしは、多数意見が、被上告人が本件手形を悪意または重大な過失によつて取得したことの主張・立証がないとの理由で上告人に本件手形債務を認めたことには異論がないが、右意見の法理上の根拠が必ずしも明瞭ではないと考えるので、この点についての意見を述べる。

約束手形の振出人が、流通におく意思で、手形要件の具備した手形に署名または記名押印したときは、その段階で、振出人として手形債務を負担するための要件である手形行為が完成(ただし、白地手形としてなされた場合は、白地手形として完成)すると解するのが相当であり、この手形を受取人その他の第三者に交付することによりはじめて手形行為が完成すると考える必要はない(昭和四二年(オ)第一四六四号同四六年一〇月一三日大法廷判決におけるわたくしの意見参照)。したがつて、右のような手形が、盗難・紛失等のために、振出人の意思によらないで流通するようになつたとしても、連続した裏書のある当該手形の所持人に対しては、手形法一六条二項の適用によつて、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人としては、手形上の債務を免れ得ないと考えるのである。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 関根小郷)

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